当クリニックは、アルコール依存症者の家族の方々が相談に来院されます。以前に比べて家族相談が減った印象を受けていましたが、ここ2~3ヶ月はそうでもないようです。ご相談に来られる家族の方は、家族として一生懸命に自分達ができることをしているけど、変化がない。体のことが心配だけど、どうしていいか分からない。感情の起伏が激しい。嘘ばかりついて振り回される…と家族の方が疲労困憊、追い詰められてうつ状態になっていることが多いです。

アルコール依存症の本人が受診された時は、「ネットで自分は依存症じゃないかと思って調べた」「書いてあることは自分に当てはまることばかり」と聞くことが増え、アルコール依存症は病気だという認知が拡がってきているなと感じますが、家族の方は本人と違って病気という考えが頭に浮かぶことは少ないようで、「とりあえず目の前で起こる問題を解決したくてやってきた」感じです。この差に驚くことがあります。家族の方が飲酒する本人よりも、飲酒で起こる問題に巻き込まれてしまい、これだけ飲酒するのは好きだからではなく、病気なのではないか?と考える余裕も奪われている気がします。アルコール依存症は病気であり、治療が必要。自分の意志で飲んでいる訳ではないことが世の中に認知されつつある一方で、家族を取り巻く環境や家族の方がアルコール依存症は病気という知識を身に付ける必要性については、まだ知られていないのだと思いました。
どうして家族が自分の時間を削ってまで本人に代わってアルコール依存症について学ばないといけないのか?という疑問が浮かんでくるかもしれません。知識を得ることは本人のためというより、家族が今の状況から少しでも楽になるための手段だと考えてみてはどうでしょうか。病気について知ると、「これは症状なんだ」「これはしなくてもいいんだ」「飲むのは自分のせいだと思っていたけど、誰のせいでもないんだ」と考えられるようになってきます。人の考え方は簡単には変わりませんが、知識を得ることで考え方の選択肢が増えてきます。選択肢が増えることが大切なのです。
そして、依存症という病気によって被害をこうむるのは病気の本人だけでなく、家族も同じである。むしろ家族の方が大きく傷ついていることもあることを知ることも重要です。家族は、本人のお酒をやめさせるために色々な方法を試し、自分のことも、子どもがいる方は、子どもとの時間を犠牲にして断酒させる努力をしています。ほとんどが徒労に終わり、疲れて自責感が出てきて、絶望感でいっぱいになります。絶望感に苛まれて一人で追いつめられる必要はない、自分も受けた傷を癒す時間と場所が必要なこと、少しづつでも自分にとって楽な方法を選択してよいことを知ることは、「私」の生き方を考えるきっかけになります。アルコール依存症者を持つ家族、周囲の方がアルコール依存症について学ぶことは、家族のためにも大切なことです。
