アルコール依存症は病気

◇病的飲酒習慣とは

アルコールは、合法的、日常的に手に入れることのできる依存形成作用のある薬物です。依存形成作用をもつ薬物は、アルコールの他には麻薬・覚醒剤・コカイン・シンナーなどがあります。
 アルコールを飲んでいると段々強くなります。一合で酔っていたのが、三合飲んでも酔わなくなります。そうして依存が形成されることになります。
 依存は、精神依存と身体依存があります。いつもアルコールが身近なところにないと安心できない状態が精神依存であり、その結果社会規範に反する飲酒が始まります。朝酒や仕事中の飲酒や車を運転する前の飲酒や様々な理由で、飲酒すべきでないのに飲酒してしまう場合です。これを精神依存による病的飲酒習慣と言います。この時に飲酒をコントロールする能力は障害され、失われます。飲酒量や飲酒頻度や飲酒パターンや酔い方をコントロールできなくなります。その結果、数日飲酒を続け、体力がなくなって飲酒できなくなり、数日飲酒せず体力が戻ると飲酒を続けるというサイクルが生じることもあります。又、決まった時間に飲酒するというパターンを持つことがあります。晩酌は危険信号なのです。
 身体依存というのは、アルコールが身体から抜けていき、退薬症状が出現する時、その存在が認められます。身体依存による病的飲酒習慣は、飲酒によって手の震えが止まるという時の飲酒です。
 退薬症状は、いわゆる禁断症状のことで、震え・発汗・不安・見当識障害(時間や場所や人が分からなくなること)・てんかんとそっくりの発作・幻視や幻聴という幻覚などを言います。

◇トラブルの波及

病的飲酒が習慣となると、全ての価値の一番にアルコールがランクされることになります。アルコールを手に入れることがありとあらゆることに優先されます。仕事の前に一杯となります。子どもの貯金箱からお金を手に入れることになります。ツケで飲むことが当然となります。家族や周囲の心配や迷惑などはどうでもよくなります。こうして、飲酒が生活の中心になります。
 飲酒が生活の中心となった結果、アルコールが原因のトラブルが多くなります。家庭では酔っぱらっていることが多くなり、親の役割はとれなくなります。又、夫婦喧嘩が多くなり、別居さらに離婚となり、職場では仕事のミスや能率の低下・遅刻・欠勤・そして失職することになり、転職を繰り返すようになります。
 家計は苦しくなり、サラ金から借金をすることにもなります。
 警察の厄介になることも珍しくなくなります。信頼してくれる人はいなくなり、健康な人は付き合ってくれなくなり、飲み屋で一緒に飲む人だけが話し相手となります。

◇『身体の病』として…

 体はアルコールによってダメージを受けます。アルコールによる障害の特徴は多臓器的で全身的です。口腔ガンや咽頭ガンや食道ガンの頻度が高くなります。胃腸の障害・肝臓(脂肪肝・慢性肝炎・肝硬変)や胆のう(胆石)やすい臓(慢性すい炎)の障害・糖尿病・アルコール性心筋症(不整脈や突然死)・高血圧・大腿骨骨頭壊死・大脳の萎縮によるボケ・小脳の萎縮による運動障害(歩行障害など)・末梢神経障害による手足のしびれや感覚のマヒなどがみられます。
 それでも飲酒を続けていくと、その末路は悲惨なものになります。結局はボケるか、死ぬかということになるのです。
 又、妊娠中の飲酒による、胎児へのアルコールの影響(身体発達遅滞-奇形や精神発達遅滞)が報告されていて、胎児性アルコール症候群と呼ばれています。

『こころの病として』…キーワードは【否認】

 このようにアルコールによる障害は多岐にわたるのですが、飲酒している当人はあくまで自分の飲酒には問題ないと言い張ります。「自分で稼いだ金で飲んでいて何が悪い」と言います。又、「皆、自分と同じように飲んでいる。毎日飲んでいる訳ではない」と言います。又、仕事をしている人は「自分は仕事をしているからまだ大丈夫だ」と言います。又、ミスをした人やトラブルを起こした人は「たまたまで、これからはもうしない」と言います。
 これらを【否認】と言い、アルコール依存症の人によく見られる特徴です。否認は家族にもよく見られることで、家族は「毎日、酔いつぶれている訳ではない」とか「まさか、家族に飲酒で問題を起こすような人間がいるはずがない」とか「だらしのないアル中(以前のアルコール依存症の呼び方)である訳がない」とか考えます。
 職場でも同じです。このような否認を【第一の否認】と言います。
 否認にはもう一つ、【第二の否認】があります。
 それは「飲酒を止めれば全て上手くいく」というものです。「飲酒をしなければ何をしてもいい、飲酒をしなければあとの全てのことは許される」というものです。家族が「この人は飲酒さえしなければいい人なんです」と言うのをよく聞きます。これらが第二の否認です。
 アルコール依存症の人は、必ず飲酒問題以外の問題を持っています。例えば対人関係の持ち方の問題です。飲酒問題と飲酒問題以外の問題があるのだということを、確認しておきたいと思います。
 又、飲酒していないけれど飲酒していた時と同じ感情や行動パターンが生じることがあって、それを酔わない酔っぱらい(ドライドランカー)と呼びます。そのようなことが少なからずあるということも覚えておいて下さい。

◇アルコール依存症の治療は可能 “回復する病気”

 さて、アルコール依存症は治癒するのでしょうか?
 答えはノーなのです。アルコールに対する反応性は、いくらアルコールを飲まずにいても変わらないのです。アルコールを少しでも口にしたら、呼び水をしたのと同じになります。もっとさらにアルコールが欲しくなるのです。そして遅かれ早かれ、破綻した生活が始まり、問題は悪化の一途をたどります。
 しかし、飲酒しなければ、事態は徐々に改善していきます。回復していくのです。要するに健康な飲酒者にはなれないけれど、飲酒しなければ健康な生活が取り戻せるのです。

アルコール依存症の治療は可能です。

しかし、精神的障害・身体的障害・社会的障害を包括的に扱える診療科(精神科)で可能となります。 
 身体的治療を優先させては、ただ単に飲める体にしてもらうだけとなります。断酒の継続と回復を目標とした治療こそが必要です。
 治療には通院治療と入院治療がありますが、アルコール依存症の本当の意味での治療は、アルコールがいつでも手に入れることのできる社会で生活しながら断酒していけるようにする治療、つまり通院治療にあります。(一定期間の入院後に通院する場合も含めて)
 そこでは、自立と自律が大切です。又、断酒会などの自助グループへの出席も重要です。自己流の断酒は、必ず再飲酒をもたらします。
 「意志が弱い」とか「だらしない」といった誤解や偏見がありますが、それらはアルコール依存症の治療の回復を妨げるものでしかありません。
 「アルコール依存症という病気」を正しく理解することが必要です。