第4回目

 今回は、以前西山クリニックで職員として勤務していた方から寄稿頂きました。現在は日本福祉大学大学院で教員をされている高橋さんです。とても気さくなお人柄で、色々な職種の方とお話されてたことを思い出します。他職種連携と最近は言われていますが、当クリニックでは以前から職種問わずに困った時に相談したり、他職種で情報共有を行う土壌がありました。それはきっと高橋さんをはじめ、当クリニック初期からクリニックに関わってきた院長、職員が積み重ねてきた文化なのだと思います。

西山クリニックで学んだこと

            日本福祉大学 大学院 社会福祉学研究科 心理臨床専攻 髙橋蔵人

 私は1994年4月から2015年3月まで21年間、西山クリニックにお世話になりました。残念ながらデイケア等のメンバーではなく、臨床心理士でした。

 私はそれまでアルコール・薬物の患者さんはお断りという病院で働いていました。治療プログラムがないという理由でしたが、実のところはアルコールの患者さんが来ると他の患者さんを誘って飲酒したり、病院の規則に難癖をつけたりするなど、いろいろ面倒な問題が起きるという偏見(正しい認識?)があったように思います。そのため私は依存症の患者さんと接したことはほとんどなく、加えて仕事も個人心理療法が主で集団療法は少しの経験があるだけでした。ですから私は西山クリニックで、はじめてアルコールや薬物の問題をもった患者さんたちに接し、集団療法に携わったと言っていいと思います。そして多くの大切なことを学びました。それを全部書くと大変なことになってしまうので、一つだけ述べようと思います。それは「どんなことでも人はその時点でできる精一杯のことをしている」ということです。

 カウンセリングでは「意識化」ということを大事にします。人は知らず知らずのうちにいろいろなこと、しかも自分にとってよくないこともしてしまう。そこで、そんなふうに知らず知らずに自分によくないことをしているということを意識化、つまり自覚できればそんな行動はしないで済む、もっと適応的な行動ができるというわけです。もう一つ、「自我防衛規制」という考え方もあります。これは何か上手くいかないことが起きた時にそれをなかったことにしたり(打ち消し)、いろいろ理由を考えて自分を納得させようとしたり(合理化)、他のことで満足しようとしたり(置き換え)というやつです。人のせいにする(投影)、子どもがえりする(退行)なんていうのもあります。この自我防衛はその名の通り、「自分を守るもの(自分を助けるもの)」なのですが、長い目でよくよく考えてみるとマイナスだったりすることがけっこうあるわけです。おまけにこの防衛も知らず知らずのうちにやることが多いので、自分にとってよくない方法で自分を守っているということが分かれば(意識化できれば)、次からはそれとは違う、よい行動がとれるというわけです。カウンセリングにはいろいろな流派があるのですが、今お話しした考えは多くの流派が基本にしている考えだと思います。

 みなさんはこれを聞いてどう思いますか。年配の方は「♩♪すいすいすうだららった~」と植木等の歌声が聴こえてくるのではないでしょうか。「♩♪わかっちゃいるけどやめられねぇ~」。そうです、わかっちゃいるけどやめられねぇですよね。西山クリニックにきて私が出会ったのは多くのそういった、わかっちゃいるけどやめられねぇ人たちでした。そこでは意識化すれば行動は変わるというカウンセリングの大事な理論が通じません。どうすればいいでしょう。「♩♪あっほれ、すいすいすうだららった~」と歌いたくなりますが、歌っている場合ではありません。自覚している範囲がまだ不十分なのだ、もっと意識化の範囲を広げれば変わるはず。そういうふうに考えることもできるでしょう。でも次のような話を聞くことができました。

 その人は自分を傷つける行動を繰り返ししてしまっている人でした。カウンセリングで、それまであまり考えることがなかったその行動のマイナス点、その行動に走るときの気持ちやその背後にある気持ちに気がつくことができ(意識化です!)、もうそういうことはしないと言って帰るのですが、すぐにまた同様のことをしてしまっていました。わかっちゃいるけどやめられねぇ人でした。でもある時、「自分を大事にする方法がわからないんだ」という話をしてくれました。毎回よくないことをしてしまうのですが、それをしないと死にたくなってしまう、死なないために(私との間でよくないとされた)その行動をしてしまうのだと話してくれました。また、他の方は自殺しようと線路わきをさまよっていた時のことを話してくれました。ふと見るとワンカップの自動販売機があり、死ぬ前に最後の一杯と思って飲んだところ、元気が出てそのまま飲み屋街に繰り出したそうです。「あんな時でも飲んじゃうんだからやっぱりアル中だねぇ」と笑うのですが、でも「あそこで飲まなんだら今頃自分はいない」といいます。西山クリニックで何人もの方からこういった貴重な話を聞かせてもらいました。そして、意識化することは大切なのだけれど、それだけで行動が変わるわけではない、なぜなら、意識化できたとしてもその時点ではそれがその人ができる精一杯のことで、もっと他の適応的な行動ができるのにそれをしていないなんてことはないんだということがわかってきました。わかっちゃいるけどやめられねぇ、植木等の言う通りです。

 そう考えるようになって私はずいぶん仕事がしやすくなりました。その時点で精一杯のことをしている人にそれをやめてもっと他の行動をとることを求めても無理なわけです。その人ができる最善のことをしているわけですから。でも、そのことのマイナスの影響が大きく、精一杯なんだから仕方ないなんて言っていられない場合もあります。そういう場合は、一杯いっぱいのその人に頑張ってもらうのではなく(すでに精一杯なのでそれは無茶です)、入院を利用するとか、薬を処方してもらって抑えてもらうとか、その人の力以外の応援を仰ぐことが大切です。「変えられないものを受け入れる落ちつきと変えられるものを変える勇気とその二つを見分ける賢さ」です。

 その他にもたくさんのことを西山クリニックで学ばせていただきました。そこで聞かせてもらったお話は私の宝です。いま私は大学で臨床心理士の養成の仕事をしているのですが、西山クリニックで学んだことを後進に伝えていきたいと思っています。貴重なお話を聞かせてくださったみなさん、どうもありがとうございました。