第5回目ー前編

 今回は、デイケアのプログラムにずっとご協力いただいている増田さんからの寄稿です。西山クリニックのデイケアでは、「からだほぐし」に長年取り組んでいます。デイケアに通所されている方々は、自分の体や体調の変化に関心が向かなく、無頓着なところがあります。放置しておくと、あとで大変なことになってしまうこともあります。からだほぐしはまず自分の体がどういう状態か感じるところから始まります。からだを揺らしてもらったり、呼吸を意識する動作を繰り返すことで、徐々に自分の体を意識するようになります。ゆっくりと様々な変化が起こり体が軽くなる過程をスタッフ、メンバーさんはとても楽しみにしています。

体操と物語の朗読による回復支援
西山クリニックデイケア「からだほぐし」では、利用者様を多角的に支援するため、体操と物語の朗読という二つのアプローチを統合して提供しています。これらは単なる活動に留まらず、参加される方々が自身の身体感覚を取り戻し、自己表現力の扉を開き、他者との健全な関係性(人としての温かいつながり)を再構築するための、かけがえのない時間となります。

身体感覚と自己調整能力を育む、体操と物語の朗読
西山クリニックデイケア「からだほぐし」の体操と物語の朗読は、利用者の方々が、自身の身体感覚と自己調整能力を取り戻すための重要なプロセスです。これらのアプローチは、特定の人間の根源的な身体論や表現論に深く根ざしており、参加者の方々が本来持っている力を引き出し、回復への道を力強く歩むことを支援します。
このプログラムの目的は、症状によって混乱した身体と心の状態を整理し、「感じる力」と「表現する力」を再構築することにあります。


1. 体操:身体本来のしなやかさと感覚を取り戻すアプローチ
この体操の第一の柱は、「(早く走る、高く飛ぶ、遠くに投げるなど)身体を操作する」という固定観念を手放し、「身体が自ら働き、あるがままに動くのを待つ」という思想に基づいています。これは、重力に身を任せ、身体が本来持つ自然な働きを最大限に引き出すことを重視します。利用者の方々が抱える慢性の緊張状態や身体感覚の鈍麻によって閉じ込められていた身体を解放し、身体が本来持っている自然な動き(しなやかさ)と生き生きとした感覚を再発見することを促します。
重力への意識と「脱力」: 身体の各部位が重力によって自然に沈み込む感覚を意識します。これは、余分な力を抜き、身体の緊張を解き放つための基本です。身体の力がふっと抜けることで、心の重荷が霧のように軽く薄らいでいくように、精神的な緊張も和らぎ、リラックスした状態へと導かれます。
身体まるごとの動きと調和: 各関節がスムーズに連動し、全身が一体となってしなやかに動くことを目指します。これは、固定観念や不必要な力みから解放され、より効率的で自然な身体の使い方を取り戻すことを意味します。これらは特に、「ゆらし(足の甲を持ち、足元から順に頭の方に向かってゆらす)」によって、体感することができます。また、深い呼吸が自然とできるようになると、身体の奥底から湧き上がってくるやわらかさに包まれるように感じ、深い安心につながります。
内側からの自発的な動きと快感覚: 意識的な「操作」ではなく、身体の内側から自然に湧き上がってくるような動きを促し、身体が心地よいと感じる範囲で動きます。痛みではなく、「快」の感覚に身を委ねることで、利用者様は自分の身体と肯定的に対話し、これにより、失われた自己の感覚を取り戻し、身体が持つ本来の生命力を再発見すると同時に、自身の身体への信頼感や自分自身を深く肯定するきっかけとなります。


2. 物語の朗読:声と身体を通じた自己表現と他者との関係性構築
この物語の朗読プログラムの第二の柱は、身体を、自己を表現し他者とコミュニケーションを図る(声や言葉で他者にふれる・つながる・分かち合う)ための「器」として捉える思想にあります。特に、声と身体が連動することで、内面の状態が表現され、他者との間で真の共感が生まれることを重視します。症状によって、声なき苦しみを抱え、自己表現の機会を失い、他者との健全な関係性が築きにくくなっている方々にとって、この朗読は解放と出会い、再生の場となるでしょう。
「私」の声と身体による表現: 朗読では、他者の評価や期待にとらわれず、自分自身の声と身体が今、この瞬間にどのように感じ、どのように表現したいのかを充分に尊重します。これは、他律的ではなく自律的な自己を取り戻すための土台となり、自分自身の感情やニーズに気づくきっかけにもなります。また物語の登場人物の役を生きることで、普段は意識されにくい感情や思考に気づき、それらを声や身体の動きに乗せて解き放ちます。朗読を通じて、自らの感情と向き合い、内面を整理する機会にもなります。(真面目で几帳面ゆえに、変えることのできない現実の中で常に緊張を強いられ、時に代用品でその解消を求めてしまう人にとって、時代や文化を超えて語り継がれた物語は普遍的なテーマを通して共感を呼び起こし、深い感動と新たな気づきをもたらします。現実では決して起こり得ない非現実な出来事が容易に起こる物語の中には、人生を豊かに生きるための多くの智慧が息づいています。物語の「役になる」朗読体験は現実での困難や行き詰まりを打破するきっかけとなり、新たな行動を起こす勇気を与えてくれることでしょう。)
*「間(ま)」の意識と傾聴: 朗読の間の「静止」や「空白」、そして他者の朗読への「傾聴」を意識します。これは、焦燥感や衝動性に駆られがちな方々が、一度立ち止まり、自分自身や他者の声に耳を傾けるための大切な時間となります。静寂の中にこそ、朗々と語る人も声を出す機会がなく初めて人前で朗読する人も、それぞれに自分と向き合う勇気が芽生え、他者の声に耳を傾けることで、身体の中に温かい火が灯るような感じになります。
*共感と繋がり: グループで行う朗読では、同じ物語を共有し、それぞれの声や表現に触れることで、言葉を超えた共感や繋がりを育みます。これは、孤立しがちな方々が、安心できる環境の中で他者との繋がりを感じ、共に喜び、共に悲しみ、共に笑い合うといった共感力を育む貴重な機会となります。一人で行う黙読では決して得られない体験がここにあります。

これらの体操と物語の朗読を通じて、西山クリニックデイケア「カラダほぐし」では、心と身体の統合的な回復、そして失われた信頼と温かい自己・他者との健全な関係性の再構築へと導く、実践的かつ効果的なアプローチを提供しています。利用者様お一人おひとりが、本来の自分自身を取り戻し、温かく和(やわ)らかで豊かな人生を歩むための土台を築いていくことを目指していします。